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私の中の破壊と創造

文 小林 毅


2016.11.07

こんにちは、あなたのキャリアアップする転職を実現させる人材コンサルタントの小林毅です。

破壊と創造という言葉は、私が松下電器グループにいたころ社長であった中村邦夫氏が掲げたスローガンでした。2000年6月に就任され、聖域なき構造改革を掲げ、松下電器グループの再編など、数多くの過去を破壊していきました。成果として成功したこともあれば、失敗したこともあると思いますが、当時現場にいて爽快感がありました。

私は子会社にいたのですが、このころをきっかけに妙に威張り散らすオジサンたちがいなくなったように思いました。かなり厳しいリストラを断行しましたので、そういった職場のストレスを弱いものにぶつける系の人が会社を去ったのは良かったし、以後、若い人たちが活躍する機会が増えたように思えたのは、現場サイドで感じるメリットだったと思います。

このときなぜ破壊と創造を掲げたのか?詳細はここでは挙げませんが、私自身に置き換えて感じることを述べたいと思います。

私は、人材紹介業を始めたとき、これは独立して一人でやる仕事だ、と確信しました。そのため、在籍した四年間は将来独立するための準備とし、コネクション作り、ネットワーク作り、ノウハウの蓄積などを目標として取り組んできました。そこで10年務めたのち、独立するつもりでしたが、諸事情で6年早まり、2010年に起業することになりました。そのとき40歳でした。

そして50歳までは出来ない仕事だとも感じていました。これは、サポートする求職者が年々若年化するからです。自分は今でも若いつもりでいますが、やはり人相や考え方などにかい離が出てきます。熟練すればするほど、求めるものが高くなります。それを考えたとき、いつか自分の価値が廃れてしまう、それがたぶん50歳なのだろう、という考えです。

ところが、ある出来事をきっかけに、今までの常識を破壊しなければいけないと感じました。このままでは座して死を待つだけになる危機感です。そこから働き方、考え方、意識、ビジョンなどを再度練り直しました。ただ単に相談に来た人を紹介する、というスタイルはもう古いと思いました。世の流れも、今は採用に対して企業は積極的ですが、ちょっと景気の針が振れるだけで様相は様変わりすることを過去に経験しているので、危機感は人よりも強いと思います。

そこで勉強会に参加し、その縁で出版に成功したり、またその縁でダイヤモンド社とつながったり。そして現在は会員組織も立ち上げ、サラリーマンのキャリア全般についてサポートする活動に力をいれています。

また同時に、職業紹介責任者講習での講師をしたことをきっかけに、紹介会社からの相談が増え、コンサルティングを始めました。コンサルをすると企業の悩みはそれぞれで、ただ単に研修をして終わりのところもあれば、深く組織に入り込んで、自社採用活動のサポートから事業計画などに入り込むパターンも出てきました。

紹介業一本でやっていたときは、オフィスに一人こもり、アポベースで自由に生きてきましたが、それでは物足りなくなったのでした。今では2年前には想像していなかった仕事の動きをしています。

自分の成長とは一体どこにあるのだろう?という疑問に答えるには、過去の常識を破壊する必要がありました。しかしながら、すべてをぶち壊すわけでなく、強みを知り、それを活かすために形を変えて取り組んでみる、ということなのです。

そのため、今私は同業の人と全く話が合いません。人材紹介業に携わる人からすると、私の取り組みは常軌を逸しています。自分がプレーヤーとして、もしくは経営者として人材紹介業に取り組む方が、費用対効果が高いだろう?という理屈です。常識ではそうでしょうが、私はこの紹介業自体の現在に疑問を呈しているので、話がかみ合わないのです。説明することも面倒なので、他のコンサルタントとは会わないようにしています。

過去を否定することから始まり、そして自分の強みを知る。でも決して全否定ではないところに、この破壊と創造の意味があるのだと解釈しています。

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