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ドラマ 天皇の料理番

文 小林 毅


2013.05.23

子供の頃の記憶

著者は、このドラマのモデルです。著者は、このドラマのモデルです。

昔、天皇の料理番というドラマがありました。

ウィキペディアで調べると1980年に放送された、初めてのステレオ放送ドラマだったそうです。
出演は、主役の秋山篤蔵を堺正章、その妻を壇ふみ、その友人は明石家さんまと鹿賀丈史という感じ。
描かれた時代は、明治(日露戦争あたり)から大正(関東大震災など)、昭和となります。激動の日本と同じ時期でした。

おおよそのの内容は、地元の福井で暴れ者であった秋山がふとしたことから洋食に出会い、料理人を志し上京、色々な人と出会いながら最終的には皇室の料理責任者として出世していく様を面白おかしく扱ったものでした。

当時私は10歳で、おぼろげの記憶しかなかったのですが、最近有線放送のTBSチャンネルで全話のストーリーを観ることができました。
小さいころの記憶が無く、この年齢になって初めて観た、という状況であれば、ただの面白いドラマでしかなかったかもしれません。事実、堺正章と明石家さんまの掛け合いは大変面白く、台本でなく、アドリブなんだろう、と想像しながら観ることができます。

しかし、このドラマを「特別なもの」にしたのは、ある回のシーンの記憶でした。

秋山は念願であったフランスへ料理修行に行くことになります。
ただ、どういう当てがある訳でなく、本場に行けば日本では学べない、いろいろなことがあるという信念のみという、何とも無謀な行動でした。

パリで出会ういろいろな人からは、やはり無謀な挑戦であるから、早く日本へ帰ったほうがよいと諭されますが、秋山はいったん決めたらやり遂げるという強い理想と信念を持った料理人でした。
しかしながらその理想と信念をズタズタにする出来事に直面します。ここで無謀、の意味を知ることになります。

それは、強烈な人種差別でした。

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